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幕末 本と写真

蔵書紹介系 幕末維新探究ブログ

ダッチワイフと徳川慶喜

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幕末に朝廷の図書寮史生だった舟木宗治(号柳昇)はあまりに小禄だったため副業として宮中、宮家、門跡、堂上方に出入りして御手道具、袋物、小間物、玩弄具などを調達することも生業もしていた。舟木は生来の記録魔でもあったためその立場を活かして自らの見聞や文書の写しなどを膨大に書き留めていた。それらを自伝の体裁にした草稿を遺して亡くなり、死後大正8年に息子の保次郎が編集して『五十年の夢 柳昇遺稿』と題して非売品として出版した。
「その内容は生誕の嘉永四年より明治元年に至る十八年の自伝にして、或は自伝と云はんより寧ろ、幕末見聞録、又は維新側面史とも見るべきものか」というもので、上は朝幕諸藩の国事に関係するものから下は市井の雑事に至るまでを細大洩らさず記載した京都を中心とする一種の維新史となっている。
 
その中に、徳川慶喜に関するこんな逸聞が載っている。
 
慶喜卿の西洋好きなるよりか、将軍の妾は外国より献納したる等身の人形にて御茶も汲めば御給事もする、皆ゼンマイ細工で巧みに出来てある。只、ものを云はぬ丈けが人形の悲しさである、と相当の人迄が云ふていた」
 
慶喜はダッチワイフもしくはラブドール、ないしはアンドロイドを妾としていたのか。
 
舟木はつづける。
「少し常識があれば判断の出来る事なれ共、皆迷ふていたのである」