幕末 本と写真

蔵書紹介系 幕末維新探究ブログ

福永恭助『 海将荒井郁之助』

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以前購った古本を3冊紹介してみます。

 

まずは真ん中。

福永恭助『 海将荒井郁之助』(森北書店、昭和18)

この伝記は書き手に人を得なかったようであくまで読み物風。通俗小説的な文体の上に事実関係にアラが目立つ。福永はモダニズム雑誌『新青年』に寄稿しているような人なので歴史に関しては門外漢だったろう。

巻末には、荒井の生い立ちから薩摩藩邸焼打ちまでの自伝ともいえる手記「荒井家伝記」、三宅花圃による荒井の義弟安藤太郎を回想した「安藤太郎小父の追想」、息子の荒井陸男の「倅から見た荒井郁之助」の三編の貴重な資料が収録されている。これがこの本の大切な肝で、当初は荒井の正伝を目指すしっかりした編集方針があっての資料収集があったのだろう。福永が執筆した伝記部分の弱さがなんとも惜しい本だ。

ちなみに私が隠れた名著と考えている楠善雄『土木屋さんの歴史散歩』(楠善雄刊行記念会、昭和51)という本には、箱館戦争で荒井の部下だった岩橋教章の息子の岩橋章山がまさにこの伝記に寄せながら未収録となってしまった内務省地理局測量課長•初代中央気象台長時代の荒井のことを書いた「大義院殿追憶」の一文が発掘されて載っている。大義院殿は荒井の戒名。

荒井にはその他にも江戸脱走から箱館戦争終結までの手記や、東京での獄中記、開拓使出仕時代の手記まであったそうだ。しかしこの伝記が編まれる前に火災で消失していたとのこと。非常に残念。

 

右の本。

氏家榮太郎『汲古雑録』(非売品、昭和15)

金沢市立図書館の氏家文庫に名を残す加賀の郷土史家氏家榮太郎の遺稿。

幕末の加賀藩の風俗、制度が記されている。子息の海軍中将氏家長明が父の一周忌に未定稿をまとめ私家本として出版した。

この本で私は、加賀藩の幕末に起きた知られざる疑獄 高田森左衛門事件(越前藩と結託した人々が金沢で武力テロを起こそうとした事件)なるものの存在を初めて知った。

 

左の本。

荘清次郎『落葉集』(非売品、大正15)

 

幕末の大村藩で家老を含む26名の佐幕派(というほど単純ではないのだが…)の藩士を獄門・斬首・切腹などに追い込んだ粛清劇「大村騒動」。命を落とした藩士の一人が神道無念流練兵館桂小五郎の前に塾長を務めていた荘新右衛門という人である。その荘新右衛門の伝記本。著者は息子で父と死別した時は僅か五歳だったそうだ。