幕末 本と写真

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鶴ヶ城のエッチング

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明治5年、外国人の自由な国内旅行が許されていなかったときに、一人のフランス人神父が二人のスイス人と一緒に新政府の許可を得て、函館から東北地方を縦断し横浜まで旅をした。パリ外国宣教会所属のJ.M.マラン神父である。同行のスイス人は横浜で貿易商を営みデンマーク領事も兼ねていたバヴィエー兄弟あった。
マラン神父の旅行記は1974年にフランスのリオンで発行されたフランス信仰弘布会本部の絵入週刊誌『ミッション・カトリック』第六号に掲載された。1880年にはパリで単行本として出版された。
邦訳は昭和43年にH.チースリク訳『宣教師の見た明治の頃』(キリシタン文化研究会)の中に「東北紀行ー函館より江戸ー」として収められている。
この旅行記の中には、挿絵として21枚の風景、風俗画のエッチングが掲載されている。マラン神父が秋田県毛馬内(鹿角市)で雇った写真師「オヤマ・ヤサブロウ」という青年が撮影した写真をもとにエッチングにして挿絵としたものである。

マラン神父は会津若松も訪れる。そして挿絵に鶴ヶ城天守エッチングを載せる。

「この周辺の平野、または付近の町や村の至る所に、最近の戦乱の跡が残っている。首都若松に近くなればなるほど、残骸が数多く目につく、なるほど、この勇敢な大名がその領地を一歩一歩守りながら、猛烈な防御戦を行なったことが一見してわかる」

「若松の町、その七千戸もある人家と五階建の城などは本当に見事な光景であった。そこここの景色も実に美しいものであった」