幕末 本と写真

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『推轂集』

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牧頼元は庄内藩士牧半右衛門の長男として弘化元年鶴岡に生まれた。到道館に学ぶ。明治8年に新潟師範学校に入学。卒業後は庄内の小学校訓導・校長に奉職。晩年は東京に出て日下部鳴鶴、芳賀剛太郎らと風交を結ぶ。書家として名があった。

明治44年4月30日、68歳の牧頼元は東京の古書店松山堂である一巻を掘り出す。『推轂集』と題されたその書は明治5年旧藩主酒井忠篤プロイセンに留学するのに際して酒井玄蕃以下108人の旧庄内藩士が献呈した159首におよぶ壮行の詩文集であった。忠篤の壮途に感激し、帰国後の飛躍に大いなる期待を抱いた各自の心境を詠じたものであった。そこには当時まだ到道館の学生だった牧も七言律詩一首を奉送していた。牧は39年ぶりに東京の古書店で自らの詩文に再会したのだった。
その感激を下記のように記している。
「日月電光、感慨なんぞ巳まん。然り而して今日、幸に之を購うを得たるは、まことに寵霊と謂はざるべけんや」「謹んで此の集を購い得たる所の縁由を其の巻末に織し、永く以て伝家の宝冊と為す」

しかし、牧のもとにあったこの貴重な『推轂集』は残念ながら関東大震災によって焼失しまう。

話はここで終わらない。

昭和56年、古川劾という人が鶴岡市の古物商から『推轂集』の写本を掘り出したのだ。
幸いなことに牧は大正6年に写本を作っていたのだ。
「今亦た一冊を謄写して以て副本とし、是に表して貴重珍襲する所。この集を敬意して以て子孫におくる」

編まれてから百年余、奇跡的に庄内に還ったこの集を松ヶ岡にあった社団法人丕顕会は読み下し文にして、活字でなく酒井忠治の筆になる影印版として昭和57年から平成6年にかけて4分冊にして刊行した。
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第1巻から3巻までは500部刷られた。価格は500円。第4巻は300部の発行、価格も1000円となった。
私が持っているのはそのうちの1、3、4巻。惜しむらくは2巻が欠けている。