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幕末 本と写真

蔵書紹介系 幕末維新探究ブログ

会津鶴ヶ城の写真

鶴ヶ城天守の写真

悲壮美を感じさせる会津鶴ヶ城の写真。撮影者は今のところ不明とされる。

ただ、徳川林政史研究所の所蔵になる鶴ヶ城の写真がヒントになるだろうか。その写真はガラス湿板だかオリジナル原板ではなく、印画紙に焼き付けられた写真を複写したものなのだが、その分写真末端部分のトリミングがなく写真の下部に「東京浅草御厩川岸 金丸原三」と記されているのが分かるそうだ。(徳川林政史研究所編『写真集 尾張徳川家の幕末維新吉川弘文館、2014)

金丸源三は明治初年に浅草厩橋で開業していた写真師。勝海舟山岡鉄舟のよく知られる肖像を撮った人物だ。

鶴ヶ城の写真は金丸の撮影ないし販売が推定される。

※ 追記
徳川林政史研究所研究員の白根孝胤氏に「徳川慶勝と明治写真師」(『日本歴史』2014.2月号、通巻789号)の一文がある。それによると「東京浅草御厩川岸 金丸原三」の文字はガラス湿板の下部に記載されているようで、被写体である紙焼きの写真に由来する文字ではないようだ。この複写の制作に金丸が関わったのは確かだが、原板たる鶴ヶ城の写真を金丸が撮影したとはこれでは云えそうもない。
尾張徳川家の帳簿によると明治四年に「金二分 写真師金丸原三江被下」という記載があるそうで、尾張徳川家が金丸から複写の写真を購入した可能性は認められる。

ちなみに鶴ヶ城の写真のオリジナルプリントと考えられる物はミラノ市立アキーレ・ベルタレッリ版画コレクション所蔵のものやセバスチャン・ドブソン氏(英国の古写真研究家)が見つけたものなどがある。

この記事では徳川林政史研究所の所蔵の写真の話になってしまったのが、画像の名刺判の鶴ヶ城は私の所有のもの。