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『酒井玄蕃の明治』坂本守正の著作

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幕末維新の庄内藩および酒井玄蕃の研究家だった坂本守正。その著作で私が持っているのは『酒井玄蕃の明治』『戊辰東北戦争』『出羽松山藩戊辰戦争』『七星旗の征くところ−庄内藩戊辰の役−』の4冊である。

この中でもっとも一般的なのは『戊辰東北戦争』(新人物往来社)だろう。庄内藩戊辰戦争を理解するのに最適な一冊である。戊辰から120年後の昭和63年に出版された。干支はまさに戊辰の年であり、そのタイミングで種々戊辰戦争関連の出版企画を立てていた新人物往来社の名編集者大出俊幸氏が坂本をフックアップし庄内秋田の戊辰史のこの力作を世に知らしめた。ちなみに大出氏には『楢山佐渡のすべて』(昭和60年)という新人物の『すべて』シリーズの中でもとびきり史料性も高く振り切った本の編集もされている。会津藩や長岡藩の戊辰史に比べて語られることの少ない北東北の戊辰史に関してこの2冊はまずはじめに頼るべき本になっている。その恩恵に我々は浴しているわけだ。

この本の元になったのが坂本が荘内日報で昭和62年の1月から翌年の3月まで357回にわたり長期連載していた「あゝ七星の旗は征く」という記事。これは明治28年に出版され従軍藩士の日誌や覚書、書簡や談話を収集して庄内戊辰史の全貌を書き残した和田東蔵の『戊辰庄内戦争録』を現代文に訳し紹介したものである。もともと坂本は玄蕃研究のために個人的に『戊辰庄内戦争録』の現代文訳を行っていてその稿は昭和61年に完成していた。原稿用紙1800枚に及ぶ大作だった。それを元に翌年新聞連載がなされたわけだ。
好評だったこの連載は書籍化が読者に熱望されていたものだが、なかなかに実現されなかった。ようやく荘内日報社からタイトルがやや改題されて『七星旗の征くところ ー庄内戊辰の役ー』として出版されたのは新聞連載から8年後の平成8年。坂本はすでに没していた。定価は税込4300円だった。

『戊辰東北戦争』は「あゝ七星の旗は征く」の書籍化を待ちかねてそのダイジェスト版として改稿短縮されたものである。内容もスリム化されて分量も3分1になっている。当初は小説風の原稿になっていたが、大出氏のアドバイスで史伝体に書き直された。そちらで正解だったと思う。後世に残るものとなった。現在の古書価は3000円以下とそれほど高くない。当時の定価は2000円であった。

待望された『七星旗の征くところ』は二段組で約500ページの厚冊。はじめに読者参加型の連載にしたいという意向をしめし、指摘や教示、新史料の提供を呼びかけている。連載時のライブ感が失われておらず、そこが妙味になっている。
出版部数は版元の規模からしてあまり多くなかったようで古書市場になかなか出回らない。手に入れることが難しい本になっているので、強く復刊を望みたい。
庄内藩の幕末史に興味のある方は『戊辰東北戦争』『七星旗』のどちらか(もちろん両方でも)の本をぜひ書架に納めて欲しい。

出羽松山藩戊辰戦争』(松山町、昭和61年)は松山町史の史料編第一輯として刊行されたもの。庄内藩支藩だった松山藩士の戊辰従軍戦記、日誌を収録している。松森胤保の「北征記事」の現代文抄訳と毛利廣明(丹羽丹治)の「陣中日誌」の翻刻と現代文訳を載せる。それらは庄内藩戊辰史の史料として大変有用なものになっている。
坂本は史料読解のためにつねに史料を現代文に訳して稿として残していたようだ。史料の内容理解のためにはもっとも基本的で重要なことだか、それをちゃんと稿に仕立てる労力は並大抵のことではない。還暦を過ぎて研究を本格化した坂本であるが、その精力的なことと筆まめなことには驚かされる。
こちらは定価は2500円だった。

酒井玄蕃の明治』(昭和57年)は玄蕃に関するいまのところ唯一の単書である。
玄蕃は明治7年の秋、征台の役の収拾に関連して黒田清隆開拓使長官から密旨をおびて清国に赴く。北京にいたり、ついで長江を遡って漢口に達する。帰朝すると「直隷経略論」という対支戦略書を黒田長官に呈した。その間の事情を中心に玄蕃の短い生涯の後半生に光をあてた本である。
到道博物館内に設けられた荘内人物史研究会の発行した荘内人物史考シリーズの第2巻として発売された。
当時の発売価格は1300円。192頁。発行部数は1000だったという。だとすると実はそれなりの数が出た本だったわけで、あるいは古書で探すこともそれほど難しいものでないかもしれない。

坂本にはこの本では欠けている玄蕃の前半生を描く企図が大いにあったようで、荘内人物史考シリーズの第3巻目は『酒井玄蕃の生涯・前篇』(仮題) として出す予定であった。そしてそのための準備は着々と念入りに行われていた。自ら玄蕃研究のための個人雑誌を創刊までしている。
その個人誌『冬青』は酒井玄蕃の伝記研究には欠かせないものになっている。その存在については坂本が著書の中で触れていることもあるので知っている人もいるだろう。しかし所蔵先が極めて限られているだろうから、幻の個人誌といってもいいものかもしれない。
『冬青』のことは次回のブログ記事で記してみたい。