幕末 本と写真

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ある会津人の殉職

埼玉県東松山市の松山神社境内には渡辺隆治という人物の頌徳碑がひっそりとたたずんでいる。会津の人。
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渡辺隆治は会津藩士の子として万延元年に生まれる。幕末や戊辰の争乱をどう生きたのかは不明だが、明治10年に埼玉県に来ると四等巡査の警察官となる。勤務成績抜群の故をもって、四年後には一等巡査に昇進し松山警察署に勤務した。将来を嘱望される若き警察官であった。

明治14年の11月、比企郡下を荒らし回った前科三犯の強盗殺人犯・福田長吉が川越署で逮捕されると、松山署は犯人を引き取るため渡辺巡査を川越に派遣した。しかし任についた渡辺巡査が生きて還ることはなかった。川越署からの帰路、逃亡をはかった護送中の犯人に急襲され、殺害されてしまったのだ。
二日後、松林の中から発見された渡辺巡査の遺体は犯人との闘争の激しさを物語るように服がボロボロに裂けていた。また口の中には頭髪のついた肉片が残っていた。格闘中に犯人の頭部を噛みきったものであった。これが有力な手がかりなって、頭部を負傷した男を広域に手配した結果、千葉県船橋の遊廓にいた犯人を発見し逮捕することができた。

悲命に斃れた渡辺巡査を警察官の鑑であると称えた松山署の同僚や市民は松山神社に写真のような頌徳碑を建立した。